牧島の由来は鍋島藩の御用牧場があったためとされており江戸時代初期より塩づくりの産業が発達してきましたその後明治時代の干拓事業により木須新田・川副新田などの新田が広がりました現在は防波堤が整備され牧島りんりんロードのサイクリング道路として利用されています以前は海岸であったためその由来の地名が多く残っています

伊万里川の河口域で喫水域となるため海苔の養殖が盛んでした海岸線にはハマボウの花が咲き木須川の上流ではホタルが多く生息しています時期にはホタルの乱舞も見ることができます木須川の流れ込みには干潟となっておりカブトガニが生息していますカブトガニが育っていくにはうってつけの干潟海岸が広がります他にも染料の材料として使われていた早里のイスの木また志賀神社の楠など巨木があります海岸線より望む対岸の東山代町にはつるの越冬地もありこの地域には多くの自然が残っています

サキモリ堤防跡

サキモリ碑

製塩所跡

製塩所跡 - コピー

川副新田干拓

川副新田干拓

木起神社

木起神社 - コピー

多々良海岸

多々良海岸2 - コピー

志賀神社

志賀神社